『あなたのお子さんは、脳性まひです』と初めて言われたときには、驚きと絶望、悲しみのために何も考えられない気持ちになったことと思います。少し日が経つと、今度は『歩けるだろうか』『知恵はおくれるだろうか』『しゃべれるだろうか』などと悪いことばかり考えたことでしょう。
このシリーズでは、そのような子どもさんのご両親に、脳性まひとはどんな問題があり、どのようにすればよりよく育つかを知って頂くために、できるだけわかりやすくお話しすることにします。
ひとくちに脳性まひと言っても、その障害の程度、種類はまちまちで、ひとりひとりの子どもさんは全部違います。だから、これからお話しすることにはあてはまらない問題を持っている子どもさんもあるでしょうし、別の問題をもっていることもあるでしょう。子どもさんの個別の問題については担当の医師、療法士などに聞いてください。そのときに少しでも参考になるように一般的なことを述べます。
このページの内容のもとになっているのは、イギリスのボバース(Bobath)という人の考え方です。その他にもいろいろな治療法がありますが現在の医学では奇蹟をおこすような方法はありません。大切なことはできるだけ普通の子どもと同じように育てることです。そして一生を通して相談にのってくれる医師、療法士を見つけることです。ボバースの考え方を説明しながら「脳性まひ」を少しでも理解できるようにお話しします。もっと詳しく知りたい親御さんは「脳性まひ児の家庭療育」(ナンシー .R. フィニー著、梶浦・鈴木訳 医師薬出版発行)の本を参考にしてください。
脳性まひとはどのような病気なのでしょうか
「脳性まひ」は病気ではありません。
何かの原因(未熟児とか仮死など)で出産前後に脳の一部に傷がついたための後遺症です。脳というのは、手足を動かすための命令を出したり(運動神経)、音を耳で聞いたり、光を目で見たり、皮膚で痛いとか冷たいとか感じたり(感覚神経)する働きがあります。それから、覚えたり、思い出したり悲しんだり、考えたりもします(高次神経)。だから傷がつく場所によって、できないことが色々違ってきます。
例えば、歩くことができないが、よくおしゃべりができる子どもや、手はよく使えるが話せない子どももいます。しかし、出産前後で脳が傷つく場合の多くは脳の運動神経の部分に傷がつきますから、脳性まひの障害は主として運動発達(首が座る、這い這いする、手で握る、立つ、歩くなど)が遅れるかうまくいかないといったことです。
手足がこわばって硬くなる子ども(痙直型:けいちょくがた)、手足が余分に動きすぎる子ども(アテトーゼ型)、バランスがとりにくい子ども(失調型)など運動まひの型はいろいろあります。
脳性まひは治るのでしょうか
普通の病気すなわち感冒、腹痛が治るというわけにはゆきません。筋肉や骨などは傷ついても、うまくつないでやればもと通りの働きにもどります。しかし、脳の神経は一度傷つくと新しくできませんから、その分だけ働きが少なくなって、後遺症として障害を残します。脳を傷つけた原因はもうなくなっていますから、傷が大きく、ひどくなることはありません。そのうえ、子どもには発達するという大きな武器がありますから、それによって、残っている脳が代わりをして、いろんなことができるようになります。治らないからといってあきらめて放っておくと、発達する力が弱まるだけでなく、間違った方向に発達し、障害を大きくしていきます。正しく治療すれば、余計な障害を防ぐことができて、より良い状態に成� �することができます。
実行して、肩の痛み
脳性まひは知恵がおくれますか
世間一般には脳性まひの子どもは、知恵も遅れていると誤解していることが多いと思います。確かに脳についた傷の大きさや、場所によっては、知恵づきが遅れることもありますが、多くの脳性まひの子どもは、健康な子どもと同じように成長していく力を持っています。人間の知能というのは、生まれたときにはほんのわずかなものです。しかし、お母さんの話かけや、あやすこと、抱くこと、ほおずりをすること、おもちゃを持たせたりすることによって、知恵がつき始め、次には自分で物に触ったり、なめたりして知恵がついていきます。もう少し大きくなれば、他の子ども達と道具を使ったり、手足を動かしたりして遊ぶことによって、いっそう知恵が発達します。熱い物に触ったり、けがをしたりして痛いこと、恐� �ことも覚えます。ですから、お母さんの育児が、知恵の発育には非常に大切です。
前にもお話ししましたように、脳性まひの障害は、運動まひが主です。しかも、知能の発達には、運動(手を使う・移動するなど)を使った経験が非常に大切です。ですから、運動まひのためにできないことは、是非、周囲から助けてあげてください。
脳性まひにはどのような治療方法がありますか
傷ついた脳神経細胞を治す薬はありません。また、脳を手術してまひを治すこともできません。しかし、脳というのは、非常に多くの神経細胞がネットワークを作って、全体として働きます。ですから、脳の一部が傷ついても、残っているネットワークがうまく働きさえすれば、十分機能を発揮することができます。言いかえれば、残っている脳を正しく発育させることが、最も大切な、そして、有効な治療です。それには、脳性まひの子どもの手足を正しく動かし、正しい姿勢をとらせることです。多くの物に触ったり、見たり、聞いたりすることも大切です。これらのことをすることを、リハビリテーション、または療育とも言います。
そのように、手を動かしたり、見せたり、さわらせたりするだけで、脳の発育を良くすることができるのでしょうか。普通の赤ちゃんの場合を考えてみますと、どんな子どもでも、生まれたときにできることはわずかです。しかし、お母さんの育児によって、1~2年のうちに歩き、おしゃべりできるようになります。
脳性まひの子どもは脳の傷のため、普通の子どもと違うやり方で動きます。例えば、そり返ったり、つま先で立ったりです。それに対して、お母さんがどうしてよいかわからず、そのままにしておくと、だんだん間違った方法ばかりを覚え、歩けない、手が使えない、しゃべれないなどの障害がはっきりと出てきます。それに対して、お母さんが上手に育児をし専門療育がうまく協力できると、ネットワークがだんだんできあがり、よりよく働きはじめます。このように神経のネットワークは、子どもに対する扱い(育児)によって大変影響を受けます。
脳性まひは、運動まひのため、正しい経験ができないと、ネットワークが間違いがちです。これに対し正しい経験をさせるのが療育であります。
この療育には、運動療法を主とする理学療法(PT)、日常生活などを練習する作業療法(OT)、食べ物を上手に食べる練習を通じて言葉を出すようにする言語聴覚療法(ST)などがあり、中心的役割を果たします。それ以外に、特別な靴や椅子、杖などを使う装具療法、変形した関節を改善する整形外科的手術なども必要になることもありますが、これらはあくまで補助的手段です。機能を改善するのは、あくまでPT,OT,STなどの治療法です。これらの個々の治療法についてはこの後、順次お話しをしていきます 。
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脳性まひに対する理学療法(PT)について
前にもお話ししました様に「脳性まひ」の一番基本にある障害は「運動まひ」です。ですから、その治療には PT の中の運動療法が最も大切であると言えます。この「運動まひ」は手足が「 動かない 」のではなくて、「 うまく 動かない」「 なめらか に動かない」「非常な 努力がいる 」「動かす 方法がわからない 」などという性質があります。これは筋の力が弱いのではなくて、筋の動きがうまくいかないのです。ですから、むやみに「頑張りなさい」とか「その動き方はだめよ」とか「上手に動きなさい」などと、口やかましく言わないでください。脳性まひの子どもは、動きたくてもうまく動けないのですから。 また、動かない手足や関節を無理やり動かすと、痛みを伴なったり、筋や関節が傷つくこともあり、あまり良くありません。子どもが嫌がること、痛がることはしないようにしましょう。しかし治療のためには普段あまりしたことのない姿勢とか動きをさせることもありますが、そのとき恐がったり不安がったりするものです。 安心するようしっかり支えてあげて徐々に慣れさせましょう。
子どもの発達のためには、興味をひき、喜び、意欲を高めるような働きかけと環境が大切です。そして子どもが動作をおこそうとしたとき、適切に支えたり、介助したり、誘導したりして目的を遂げさせてあげて下さい。そのための準備をしたり、実際にできるだけ正しく動く方法を実行して身体で覚えさせることが適切な運動療法です。
この原則を要約すると、1. 無理やりさせないこと 2. 口先だけで指示しないこと 3. 介助して誘導すること 4. しかし過剰な介助はしないで、徐々に減らしていき、できるだけ子どもだけで行動するのを待つ、などです。
このような運動療法は、「脳性まひ」治療の一番基本になる大切な具体的な手段ですから、自分の子どもに最も必要な、そして適格なハンドリング(援助技術)を会得しましょう。大変ですが担当の理学療法士が実際に手本を示しながら指導してくれるでしょう。
作業療法(OT)について
前段で述べたように PT によって動く準備、あるいは基本的な姿勢、運動の方法を練習する一方、それを使って、幅広く日常生活活動に応用して子どもの生活を豊かにして行く援助をするのが OT です。
衣服の着脱、トイレ、入浴などは非常に難しい行為ですが、生活には欠かせない大切なものです。一朝一夕には出来ませんが、長年かかっても自立できるよう試みて下さい。食事については、この次の ST の項で詳しく述べますが、椅子などを使って姿勢の安定をはかり、個人に合った食器を作る必要もあります。
遊びは子どもにとって楽しいものであると同時に非常に大切な機能の発達手段です。オモチャは、手に触れた感触、重さや色の違いを感じたり、音を聞くなどして多くの経験をさせてくれます。また同時に、机の上からオモチャが落ちたり、床を転がしたりして物の移動、位置関係などを学んだりすることは、将来、絵や字を書いたり読んだりすることに大切な能力を養います。鉛筆を持ったり、ハサミや定規を使ったりも大切な遊びです。友人や親とゲームなどをすることによって他人との関係の基本を覚えるでしょう。このように OT は年齢とその子の能力に応じて楽しみながら、多くの機能の獲得、発達を促進して行きます。
言語聴覚療法(ST)について
コミュニケーションの手段として、ことばというのはとても大切な機能です。周囲からの話しかけによって、子どもは頭の中に多くのことばを覚え、そして、蓄積していきます。
摂食障害に関する情報
つまり、理解し、記憶していくことからはじまり、少しずつ片言として発語しながら、文章へと発展していきます。脳性まひの子どもには、ことばの理解・記憶の部分に困難がある場合もありますが、同時に、運動まひとしての問題、つまり、発語するための口唇の動き、顎、舌の動き、呼吸との調節などに困難さがあることが特徴です。それは、摂食機能、つまり栄養摂取の困難さとして最初にあらわれます。
脳性まひに対する ST はまず、口腔器管の運動まひ、つまり食物の咀嚼、嚥下の機能改善から取り組みをはじめます。それには、OT と協力して食事のときの姿勢保持、そのための抱き方、椅子の形を考え、次に食材の形態、種類、食器類の選択をします。このように発語器管として口腔周辺の改善を進めながら、一方では、遊びなどを使って、ことばの理解獲得にも援助して行きます。
補装具について
脳性まひの治療には、PT が基礎になり、その技術を使って OT 、ST がより発展させ、生活全般に応用していく必要があることは理解して頂けたと思います。
一つ二つの、特別な技法だけですむものではありません。子どもの年齢、能力に応じ、多くの知識、技術が動員されなければなりません。その手段の一つとして補装具があります。
関節の変形を防いだり、安定性を補うために装具を使用します。その多くは下肢、特に、足、足関節に対する特殊な足挿板、靴、短下肢装具といわれるものです。偏平足、外反足、尖足などに対するものです。大体、3歳頃から使用しはじめますが、諸外国では一つあれば室内外で使用でき、極めて便利ですが、我が国ではそうはいきません。プラスチック製の短下肢装具を室内で使用し、外出はその上にカバーをかぶせるか、外用の物を作って室内ではずすなど、使用は、その頻度、周囲の条件で変えなければなりません。
股関節の脱臼予防のための外転装具は装着したままの日常生活がかなり困難です。
側弯予防のための体幹装具は硬性のものはまず装着不能です。矯正が不十分ですが軟性のものが次善の策として有用です。
次に非常に大切なものは、日頃使用する椅子、机類です。お座りや起立が難しい子どもさんについては、できるだけ正しい姿勢(つまり垂直位)を、過剰な努力なく、楽にできる椅子は一日の大半を過ごすことが多いだけに非常に大切です。骨盤や体幹、場合によっては頭をも適切に支える必要があります。しかし、ベルトなどで身動きできない程がんじがらめにするのではなく、動く余裕をもたせながら、しかし大切なポイントは確実に支持するという設計が大切です。
次に歩行練習に必要なものは歩行器、杖などがあります。まだ歩くことのできない子どもにとって、自分の足で立って移動できるというのは非常に嬉しいことで、それを境に見違えるほど活発になります。しかしあまり強く歩行器や杖を頼りにしてよりかかるのは考えものです。できるだけ自分の足に体重を乗せることを忘れないように使わせましょう。
子どもを運ぶためには手押型の車椅子が必要です。乳幼児期では、市販のバギー類が手頃で、軽く、美しく機能的でよいものがありますが、3歳以上になり、体重も身長も伸びてくると、もう少し大きく丈夫な障害児用バギーが必要です。10歳頃になると、日常生活の多くを車椅子で過ごす子どもがいます。その場合には車椅子の型や性能が極めて大切になり、いろんな工夫がいります。最近は輸入品も含めて多くの種類が出ていますので、慎重に選びましょう。
中学生以降になると電動車椅子を使う子どももでてきます。しかしこの場合には、スイッチがある程度使えることと、周囲の状況を正しく認識できることが必要です。
どのような場所、施設で治療すればよいでしょうか
「脳性まひ」を専門に治療する医療機関と教育関係が必要です。特に医療は一生涯必要ですから、できれば、幼児から成人まで一貫して診察・治療できる医療施設が必要です。例えば、南大阪小児リハビリテーション病院では 0 歳の幼児から治療をはじめ、学童、成人に至るまで継続して定期的に相談、治療を実践しています。
乳児期は外来にて必要に応じて PT 、OT 、ST などを行い、幼児期になれば各地域にある母子で通所する療育施設に通って PT 、OT 、ST だけでなく保育を受けるのが一般的です。しかし最近では、できるだけ早い時期から一般の保育所に入り、一般社会への適応を促すことが必要と思っています。成人になり、かなりの数の脳性まひの人が一般企業に就職していますが、うまくいかない人が少なくないようです。その原因は周囲の人々の無理解もありますが、人間関係がどうしてもうまくいかないこともあるようです。このことから考えても早い時期から一般社会へ入る機会を作る必要があります。
幼い子どもは、子どもの輪の中で育ちあいの場を通して、一人ひとりの存在をお互いに認め合おうとします。保育所の生活は、日常生活習慣の獲得や遊びの活動を主としており、障害児自身も生活リズムがとりやすくなります。
大阪市では、障害児の一般保育所への入所に充分に配慮するとの方針ですので、少なくとも 4 歳、5 歳になれば通園施設よりも、地域の保育所に入りたくさんの子どもたちと一緒に様々な経験を重ね、年齢にふさわしい時間を過ごし、PT 、OT 、ST だけを施設で受けるのが多くなってゆくでしょう。これは並行通園という名称の正式の制度になっています。大いに活用して、小学校への入学に備えるのがよいと思います。
南大阪小児リハビリテーション病院では、保育所に入所する事をためらっておられるご家族のために、この並行通園制度を利用して、当園の保育士が保育所を定期的に訪問し、適切な援助が行なわれるようにサポートしています。同様に幼稚園に通っておられる方も、交流保育を行なっています。
次に学童になると、地域の小学校、或いはは養護学級、そして肢体不自由児養護学校などが用意されています。いずれにするかは本人の状態、受入れ側の条件などと親の希望とで決めて行きます。読み書き、算数という教課学習を重点にするのか、或いは、社会性の獲得を重視するのか、或いは心豊かな明るい生活を重視するのか、それぞれの考えがあると思います。よく考えて決めましょう。
学童期になると、四肢関節の変形の改善、或いは脱臼の予防などのための整形外科手術が必要になることがよくあります。肢体不自由児施設に入院し、手術のみでなく、その前後の PT 、OT 、をきめ細かく受けることが最適です。
また、学童になると、PT 、OT 、ST の頻度は、乳幼児期より少なくなり、それより、教育の必要性が増します。しかし、それ以上年長、および成人になっても、腰痛、肩痛など、いわゆる二次障害の予防治療のため、定期的な診察、或いは、短期的な外来 PT 、OT が必要です。
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